プロフィール

好きな言葉

限界を超えたことがなければ、限界はわからない。
あなたのかわりに病気になってくれる人はいない。

役割

けんあか株式会社 代表取締役社長

資格

薬剤師

略歴

出身

1967年 愛知県名古屋市 生まれ。大学に入学するまで名古屋市で育つ。

学歴

「愛知県立中村高校」卒業。「京都大学 薬学部」卒業、京都大学の所属研究室は「薬用植物化学教室」。

職歴

大学卒業後「エーザイ株式会社」に入社。営業、研究開発、薬事監査、内部監査、グローバル人事など幅広い部門を経験。海外子会社との業務も多数経験。2014年3月退職。

独立後

2015年6月、低糖質専門飲食店を開業。2015年さいたま市ニュービジネス大賞「コミュニティビジネス賞」受賞。個人経営店であったが新聞やテレビ取材多数。2018年3月閉店。
2019年1月「けんあか株式会社」設立。

その他の活動

医療従事者向けのオンライン雑誌「日経メディカルonline」において、医療コラム「健康番組タメツスガメツ」を執筆。大げさすぎる健康番組にツッコミを入れる。
また、映像を対象とした俳優業にも本気で取り組んでいる(八神ねがお 名義)。2018年NHK大河ドラマ「いだてん」オーディションに合格し、出演。

生い立ち

ものごころがついた頃から、父親が病気で入退院を繰り返しており、入院や自宅療養をしている父を見て育つ。三菱自動車で働いていた父が自宅療養中に、縁側で仕事のカイゼン図面を書いていたことを今でも覚えている。母はパートに働きに出かけていたと記憶している。

子供の頃は昆虫が好きで、小学生の高学年ではカマキリを原っぱで捕まえて自宅に連れて帰るのが楽しみだった。小学生のときは食べるのが嫌いで、やせっぽっち。その頃は運動神経が鈍く、泳げるようになったのも自転車に乗れるようになったのも小学4年生だったと記憶している。

中学になると卓球部に所属する。毎日しごかれて、いつの間にか、走るのも卓球も得意で好きになっていた。そして、背もそれなりに伸びたけど、たくさん食べるようになり高校入学の頃はやや肥満気味。高校も卓球部だけど、それよりも麻雀にはまる。のちに、社会人になってから麻雀の全国大会にも出場するほどに(しかし出場しただけで全然強くはない)。

人生の転機

高校に入る頃には、理系の自分を自覚していて、数学や物理化学は頑張るものの世界史は赤点で追試を受けたりする。父の病気は肝臓がんだとわかり、なんとなく医学部を目指す。しかし、大学入試共通一次試験の初日の朝、父が他界。

共通一次の初日の夜を父のお通夜で親戚一同と過ごす。その後の葬儀の喪主を務めたりで受験はバタバタ。母と親戚一同から「お父さんが亡くなったのに6年も大学に行かせられない」と医学部進学を猛反対される。父は昔から病気でまともに仕事もできず進学資金も心もとない状況であるのは理解できたため、4年で卒業できる薬学部に進路を変更する。しかし、葬儀の後ということもあり受験に失敗。1年間、河合塾(と近くの雀荘)に通う。

父の病死を受け止め、自分の人生のミッションを「人の健康に貢献すること」と決意する。卒業文集の将来の夢も「がんの研究に明け暮れる貧乏研究者」と書いていた(はず)。そして、翌年、京都大学薬学部に入学し、まずはダイエットする。8日間の断食で9kgの減量を出来たのは単なる若気の至りであったと思う。大学生活4年間の前半はアルバイトとサークル活動、後半は研究室で実験をする毎日であった。

起業のきっかけ

製薬企業では新薬開発も経験して充実していたものの「病気になってから薬で治すよりも、病気になる前に健康になれたほうがいい」と考えるようになった。人事部門で次世代リーダー育成プログラムを担当しているうちに起業家精神に感化され、自分が早期退職して起業する。自分のダイエット経験も活かして「病気にならないように、毎日の食事を健康にする」をコンセプトに低糖質飲食店を開業。しかし、飲食店での食事で健康になることに限界を感じ、もっと健康になることにフォーカスをしたけんあか(株)を立ち上げる。

© 2020 kume.blog